今日も日暮里富士見坂 / Nippori Fujimizaka day by day

「見えないと、もっと見たい!」日暮里富士見坂を語り継ぐ、眺望再生プロジェクト / Gone but not forgotten: Project to restore the view at Nippori Fujimizaka.


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魯迅と日暮里(62)南波登発の「亞細亞」への視線(37)栗村寛亮の死まで KURIMURA Kwansuke: The latter half of life

さて、時代はさかのぼる。『福島毎日新聞』が新体制になった1880年5月24日、栗村寛亮は福島毎日新聞社を無断退社し、行方不明になったことが同紙広告に載る。

「當社雇人栗村寛亮儀無斷退社行衛不相知候處當人之居所御案內の御方も有之候ハヾ郵税先拂を以て當社迄御報知被下度相當之謝禮可致候
  五月廿二日        福島新聞社」(註1)

同内容の広告は26日まで3日間にわたって掲載された。ただ25、26日の両日は「栗村寛亮」の文字が例の「深瀬」の如く大活字で植字されており、皮肉な印象を与えるとともに、経過した時間の長さを感じさせる。さらに、この尋ね人の広告は東京の『讀賣新聞』にも掲載された。(註2)『福島毎日新聞』の編集陣の改編と栗村寛亮の「失踪」には何らかの関係があるだろう。同じ民権派とはいえ、栗村寛亮は以降、自由党からは距離を置いたようにみえる。そのことと何か関係があるのかもしれない。

『福島毎日新聞』1880年5月26日

『福島毎日新聞』1880年5月26日


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魯迅と日暮里(60)南波登発の「亞細亞」への視線(35)栗村寛亮と『福島新聞』および福島のキリスト者たち KURIMURA Kwansuke, the newspaper and Christians in Fukusima

松本健一は、「絶対自由への筏」のおわりに「栗村【寛亮】のその後は伝えるものがない。行方さえ杳としてわからない」と記す。(註1)しかし、「伝えるもの」は数多くあったと思われ、いわきの詩人で歴史研究者の郷武夫は『調査情報 栗原寛亮』を著している。(註2)ただし同書は国立国会図書館、全国大学図書館、福島県下の図書館にも収蔵がなく、容易に見ることはできない。

『仙臺人名大辭書』

『仙臺人名大辭書』


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魯迅と日暮里(59)南波登発の「亞細亞」への視線(34)宮地茂平、「東洋社會黨」と賭博の権利 The gambling right and so-called “integrated resorts”

2018年7月、第196通常国会において、水道民営化法案(水道法改正案)とカジノ法案(統合リゾート法案)が衆議院を通過した。前者は「貧乏人は水を飲むな」という法律(審議未了廃案)、後者は国家による博打奨励法(成立)である。「水商売」と博打は、伝統的に博徒の手によって運営されてきた。それが今は国家によって運営されることになり、水道事業はフランスのヴェオリア(Veolia)、スエズ(Suez)、そしてイングランドのレディングに本拠を置くテムズ・ウォーター・ユーティリティーズ(Thames Water Utilities Ltd)の、いわゆるウォータ・バロン(water barons、水男爵)と称される外国資本に売り渡される。また、博打の権利は国家によって完全に収奪されることになり、国家権力が胴元となった。こうした事態を予測していたのか、明治期に賭博の権利を訴え、賭博禁止法(賭博律)に異議を唱えた自由民権運動家がいる。以下はその概要である。

Veolia Water's sewage treatment plant in Bragança, Portugal Dantadd撮影 wikipediaによる

Veolia Water’s sewage treatment plant in Bragança, Portugal Dantadd撮影 wikipediaによる

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