今日も日暮里富士見坂 / Nippori Fujimizaka day by day

「見えないと、もっと見たい!」日暮里富士見坂を語り継ぐ、眺望再生プロジェクト / Gone but not forgotten: Project to restore the view at Nippori Fujimizaka.


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2021年 サーシャ・タマリンの映画「Fujinoyamai (Incurable Disease)」上映

サーシャタマリンさんをご紹介します。
2019年、サーシャは文京シビックセンターにダイヤモンド富士を見に行き、田代博先生に会いました。
その後、日暮里富士見坂からのすきま富士を田代先生から紹介され、ダイヤモンド富士の日に自転車で駆けつけてくれました。
サーシャは、イスラエルから東京藝術大学に留学していた写真家です。
今回札幌国際短編映画祭、そして東京藝術大学のイヴェントでサーシャの映画が上映されます。ウェブサイトと合わせてご覧ください。
彼は田代先生が残された富士山の資料、写真を本にまとめたいと田代先生の Facebook から呼びかけています。
以下は、サーシャからの手紙です。

My film “Fujinoyamai” got accepted to a film festival in Sapporo!
I’m so happy that I have a chance to show it in Japan. 

第16回札幌国際短編映画祭ポスター

https://sapporoshortfest.jp

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富士見坂の新しい写真パネル

今年も、新しい写真パネルを6枚
設置することができました。
設置には、荒川区観光振興課、都市計画課のご援助をいただいています。
これで合計30枚のパネルを貼ることができました。
残りは31枚、せっせと頑張っていきます。

日暮里富士見坂を守る会では、富士見坂や日暮里周辺の懐かしい写真のご提供をお願いしています。
お預かりした写真はパネル化して、撮影者のお名前をお入れします。
また、写真パネル製作の募金も大募集中です。
1口3,776円で、3口集まればパネルほぼ1枚の製作が可能です。
こちらも、ご提供者のお名前(会社・屋号・サークル・ニックネーム等)を明記します。
郵便振替口座は、以下のとおりです。

口座番号 00180 – 6 – 514704
加入者名 日暮里富士見坂を守る会

どうぞ宜しくお願いいたします。

2020年2月29日_1

2020年2月29日_1


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魯迅と日暮里(63)南波登発の「亞細亞」への視線(38)宮地茂平、久永廉三と福井茂兵衛の新演劇(上) MIYAJI Mohei, HISANAGA Renzo and the Shinpa by FUKUI Mohei troup, part 1

宮地茂平に関するまとまった記録は、相馬事件の裁判記録中に存在する。
相馬事件は、福島浜通りにあった旧中村藩主・相馬誠胤の緊張型統合失調症と解される精神疾患の急性増悪により、1879年、親族らが宮内省華族局に誠胤の私宅監置を願って許可を得たことに端を発する事件である。これに対し、1885年、旧藩士の錦織剛清が不当な監禁により財産横領を企図したものとして、相馬誠胤の解放を申し入れたことにより、社会各層の注目を浴びることになる。1887年、錦織剛清は東京府癲狂院に入院中の相馬誠胤の身柄を奪取したものの逮捕され、入獄。以後は双方による訴訟合戦に突入する。1892年、糖尿病の悪化により相馬誠胤は死去。錦織剛清は、相馬誠胤の死を毒殺であると訴えたが、遺体解剖により毒殺が否定され、錦織剛清は誣告罪により重禁錮4年の刑が確定するに至る。この間、自由党も介入し、創刊早々の『萬朝報』が大々的に報道するなど、社会的影響を与えた。また、医師で官僚の後藤新平も事件を幇助したとして拘留された。自由党内では、大井憲太郎と『自由新聞』をバックにもつ岡野寛が錦織剛清側、星亨が相馬家側の弁護をつとめ、法廷で対立する。一般には「御家騒動」のフレームで認識されたが、錦織剛清の「主張は一面的であったとはいえ、精神病患者の問題を大きく提起した。/そして、安政の不平等条約の改正作業に取り組んでいた明治政府は、条約改正をすすめるためにも、精神病患者についての法制化に取りかかることになる。」(註1)

相馬事件関連書類として、宮地茂平と津田官次郎の予審調書が司法省に所蔵されていたのだが(註2)、その一切は戦災で焼失した。(註3)それゆえ、編集要領こそ異なるものの、東京都立中央図書館特別資料室に所蔵されている筆写本『相馬事件裁判記録』(横山健堂旧蔵資料)は本事件にかんする貴重な文献となっている。なお、本調書では「昼」の最終画の「一」を除いた【⿱尺+日、𭥜、U+2D95C】の文字を多く見たが、『異体字解読字典』により「書」の異体字と判定した。(註4)

U+2D95C GlyphWikiによる

U+2D95C GlyphWikiによる


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