今日も日暮里富士見坂 / Nippori Fujimizaka day by day

「見えないと、もっと見たい!」日暮里富士見坂を語り継ぐ、眺望再生プロジェクト / Gone but not forgotten: Project to restore the view at Nippori Fujimizaka.


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2018年8月22日 今日のすき間富士とスーパーすきま富士

富士山見えてました。

久しぶりの富士山です。夕焼けがきれいです。

20180822スーパーすきま富士

20180822スーパーすきま富士


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魯迅と日暮里(58)南波登発の「亞細亞」への視線(33)筑波山麓の梁山泊 The Liangshan Marsh at the foot of Mt Tsukuba in Ibaraki

ここで、再び「亞細亞勞働協會」の他のメンバーについてのレヴューをしておこう。

助川貞二郎『在北海道茨城縣人寫眞帳』国会図書館蔵による

助川貞二郎『在北海道茨城縣人寫眞帳』国会図書館蔵による

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魯迅と日暮里(56)南波登発の「亞細亞」への視線(31)北辺のルンペンプロレタリアートと博徒の群れ Lumpenproletariat in the northern frontier of Japan

さて、当時の北海道における「勞働」の実態を見るため、以下において消防組の構成員の実態を見てみよう。札幌消防組は「北海道勞働組」の結成された1892年、大規模な暴力事件を起こしている。

花月樓-笠原文治邸『札幌繁榮圖録』国会図書館蔵より

花月樓 笠原文治邸『札幌繁榮圖録』国会図書館蔵より

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魯迅と日暮里(55)南波登発の「亞細亞」への視線(30)助川貞二郎と北方の民権運動家たち Democrats in the northern colony of Japan

以下は「亞細亞勞働協會」メンバーの銘々伝の続きである。だが、決してザコキャラ退治のつもりはない。また、本シリーズでは、ほとんど知られることのない人物を取り上げているのだが、助川貞二郎については札幌市教育委員会の文野方佳氏による詳細な伝記が著されており(註1)、同時代資料も多い。そして、明治期の北海道の人物のレファレンス情報については、北海道立図書館北方資料部作成の『北海道人物文献目録(明治~戦前期)』(註2)のお世話になった。最初に掲げてお礼を申し上げます。

助川貞次郎『北海道立志編-第貮巻』国会図書館蔵より

助川貞次郎『北海道立志編 第貮巻』国会図書館蔵より

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