今日も日暮里富士見坂 / Nippori Fujimizaka day by day

「見えないと、もっと見たい!」日暮里富士見坂を語り継ぐ、眺望再生プロジェクト / Gone but not forgotten: Project to restore the view at Nippori Fujimizaka.


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2018年6月1日、日暮里富士見坂のすきま富士

暑さが和らぎ、ちょっとだけ気分がいいです。
まるで秋のようですが、6月1日、日暮里から富士山が見えました。
​お楽しみください。

2018年6月1日スーパーすきま富士

2018年6月1日スーパーすきま富士

2018年6月1日すきま富士

2018年6月1日すきま富士

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長谷川利行展、東京でスタート

本日2018年5月19日、福島県立美術館でスタートし、全国を巡回する長谷川利行の大規模回顧展がいよいよ府中市博物館で始まりました。

長谷川利行は、悲惨な生涯というのではなく、売れない絵描きや文学者、芸能者、占い師など友達も多く、楽しく絵を描く生活をしていたということから、「ぶらりいこう。 長谷川利行展 七色の東京」という表題を掲げたと、同館学芸員の小林真結さんがお話し下さいました。

今回は、「汽罐車庫」(鉄道博物館蔵)、「靉光像」(個人蔵)、「裸婦」(石橋財団ブリヂストン美術館蔵)も出展され、圧巻のラインナップです。

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魯迅と日暮里(54)南波登発の「亞細亞」への視線(29)須戸橋藤三郎 見沼代用水と内水交通、あわせて上武のキリスト者たち(下) The Outlaws in Northeast Asia, Chapter 22

1952年4月、教員資格を持つ1人の男が本庄駅に降り立った。

「「暴力の町」として、一時有名になったことのある、高崎線本庄駅に私は降りた。やせて背が高く、鳥打帽をかぶっていた。私は駅前から、すぐタクシーに乗った。町を通りぬけて、まがりくねった、がたぴしした道を北の方へ六キロばかり行くと、桑畑やねぎ畑や、ほうれん草畑にかこまれた静かな部落が見えた。桑畑の向うには堤防がひくく東西につづいていた。桑畑も部落も、春の光をあびて、うすむらさきにやわらかくけぶっていた。
そこは島村といった。この村は、群馬県の南のはしで、埼玉県との県境にある、戸数四百余、人口二千四百ばかりの小さな村である。」(註1)

座談会-これからの社会科-(右より梅根悟-海後宗臣-斎藤喜博-岡津守彦)『教育』3巻10号より

座談会 これからの社会科(右より梅根悟 海後宗臣 斎藤喜博 岡津守彦)『教育』3巻10号より

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3件のコメント

魯迅と日暮里(53)南波登発の「亞細亞」への視線(28)須戸橋藤三郎 見沼代用水と内水交通、あわせて上武のキリスト者たち(中の15) The Outlaws in Northeast Asia, Chapter 21

別件の作業で長々と中断してしまった。以降発表する分はいわば「お蔵出し」であるが、残念なことに、熟成の時間を過ごしたというわけでもない。まずは田添幸枝の後半生の物語。お付合い願いたい。
このかん目にした資料の中、彼女が私塾を開設した場所に関する情報は次の通りである。

岡吉壽君(號不崩)(昭和四年一月一日東京ニテ撮影)『我邦最古且ツ創刻ノ園藝書『花壇綱目』国会図書館蔵より

岡吉壽君(號不崩)(昭和四年一月一日東京ニテ撮影)『我邦最古且ツ創刻ノ園藝書『花壇綱目』国会図書館蔵より


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